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恐れの先にあるもの

ある日の夜、夫が久しぶりにジョギングすると言い出し、自転車でついていく事になりました。

いつも海岸のサイクリングロードを走りますが、街灯もなく夜は真っ暗。音は砂を蹴って走る音しか聞こえません。

海岸はボランティアの方達が砂をどけて下さいますが、砂はすぐ積もってしまいます。

夫は砂のない場所を走り、私を導いてくれますが、よく見えないというのはとても怖いです。

自転車のライトをつけても、ほんの50センチ先しか見えないのです。

遠くでは江の島の灯台がきれいに光っています。潮の香りが漂って来ます。

引き返し地点で戻り始めた時、今までずっと足元しか見えてなかったのですが、心にできた余裕で目の前の光ではなく、ゴールになる出発地点の町の光を目指そうと思えました。行き先に視線を合わせるのです。

砂と真っ暗闇の恐怖はどんどん減って行きます。その時やっと星の瞬きが見えてきて、波の音が聞こえ始めました。

意識が恐れから先の未来にシフトしていくと、なぜか周りが見えて来ます。

波の音や、星がたくさん目に入り、楽しむ余裕が生まれてきます。

砂の恐怖はリズムに乗ったサクサクという音に変化し、メロディーすら奏でます。

真っ暗で何も見えないと決めていたのは、私であって、実際は砂の山も、道も、かすかに見えているのです。

もしかしたら以前味わった過去の恐怖は、時空を超えてこうしてやってくるのかもしれません。

その恐れはほぼ自分が作り出したという事がわかりました。

恐れの中に入っていくのは、とてもむつかしい事です。新しい世界、見えない世界。

しかし、それはある意味新しい扉を開ける事なのかもしれません。恐れの先には暖かいもの、愛のようなものが存在するかもしれません。あんなに怖かった真っ暗な道が、ゴールに近づく瞬間、ほっとしたのは、やっと普段の自分らしさに戻れた安堵だったのかもしれません。

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