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たとえ答えが出なくても

ドイツに2か月ほど行っていた夫が帰って来ました。

夫があちらにいた間、義母からの電話も少なくて、ホッとしていたのもつかの間です。

ハンブルクに近い郊外に実家はありますが、日本と違い、車社会のドイツ。

免許を返してしまうとそれは生活にも支障がでます。義父が他界して、義母は買い物すらいけなくなってしまったのです。

昔はお義母さんの運転で買い物なんかも行ったのになあ、、、とふと思い出した。

日本なら、ネット社会にお世話になっている私たちには多少それが田舎の生活であっても、クリック一つで送っていただける、そんなありがたい恩恵があります。

ドイツも同じように、多少サービスは遅れていると感じるものの、ネット社会です。

ただ、義母にはかかわりのない社会です。

私たちだって、携帯やパソコンのネット社会の進化には驚いていますが、やはりそれに対応できる能力を学んでいるので、まだなんとか問題はありません。

しかし、義母は携帯は渡してありますが、使い方がわかりません。

必要な時に、バッテリーが充電してありません。

彼女には固定電話だけしか今のところありません。

近所には夫の弟家族も住んでいますが、こればっかりは、互いの親子関係、お互いが満足できるような関係ではありません。

私たちがドイツにいる間は大丈夫ですが、普段、どんな小さな事でも、こんな遠くの日本に彼女の日常の問題を訴えるために、うちの電話がなります。

今の義母の問題は将来、80代になる私たちの問題です。

だから夫に弟家族とも解決を!というのですが、私たちができることはすべて、夫は特に向き合っていますが、どうしても解決ができないこともあります。

それでも、私たちが80代になる時、もしドイツにいたら、日本だったら、どんな問題がでるのか想像できるからです。

日本だったらそう問題はないのかもしれません。

コロナ禍の際、出られない2週間ほど、ネットスーパーが本当に約に立ちました。

日本では、ネットであっても、腐りかけている野菜や、標準よりも小さすぎる野菜なんて届けてはこないでしょう。

でもドイツでは、それらの思いやりや、プロ的な感覚が欠けているときがあり、思い通りのものが届かない時があります。

でも、やはり買い物に行けないならば、それらのサービスなどを使うのです。

今はとりあえず、義母は近所の方たちの温かい気持ちを受け止め、買い物なども手伝ってもらっています。(お礼は支払っているのです)

義母の必需品なども、ネットなどは日本からアクセスして、オーダーしています。

これからもっともっとそうしたネット社会は複雑になっていくかもしれません。

それに関しては、生活のためにも、私たちも本当に学ばなければいけないでしょう。

だからといって、義母に学べとは言えず、本人が無理のない人生を送ってもらいたいと思っています。

そういう人たちを助けるサービスがあるのではないか?とも思うのですが、なんせ、他国に住む私たちには検索しかなく、実体がわかりません。

ただ、倒れたり転んだりすると、すぐ救急車を呼べるサービスには入っていますので、そこだけはなんとか安心していられます。

今はすべてに対して答えはでませんが、できる事はしていく、という答えと、あー、、、と思いながらも義母に対して温かく接してあげようと思う事だけしか私にはできません。

よくネット難民みたいな言葉を見ますが、義母のような生活は、確かにそういうたぐいのもの難民かもしれません。

でも、本人はそれには関わりたくない、と言っているので、それもその人の大事な選択だと受け止めています。

私たちが80代になる頃、きっと答えが出ないかもしれないけれど。

進化したその時代の方法は、また出てくるのかもしれない。

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